雨の嵐山。渡月橋の「怖い謎」に導かれるように始まった今回の『今昔さんぽ』。
しかし、そこで待っていたのは、怖さなど吹き飛ばすほどの、圧倒的な「愛」と「情熱」の物語でした。
■1965年、一枚の白黒写真に隠された「決意」
物語の扉を開けたのは、59年前の写真。
そこには、赤ちゃんを背負い、小さな虫かごを手に持つ一人の僧侶の姿がありました。その場所こそ、今や大行列が絶えない「鈴虫寺(華厳寺)」。
写真の主は、今の住職の祖父にあたる8代目住職でした。
当時、おじいちゃんが心血を注いでいたのは、「鈴虫の音色を、季節を問わず届ける」という、前代未聞の研究。その執念は、なんと28年もの歳月をかけて実を結んだのです。
■3,000匹の合唱は、おじいちゃんの「鼓動」そのもの
今、お堂の中に響き渡る3,000匹の鈴虫の声。
それは単なる自然の音ではありません。おじいちゃんが1秒、1秒、命と向き合い、未来の参拝者を笑顔にするために繋ぎ続けた「執念の結晶」なのです。
28年という果てしない時間を、たった一人の情熱が支え、それが今の繁栄に繋がっている。
1965年のあの日、背中で鈴虫の音を聞いていた「赤ちゃん」が成長し、今の住職となっておじいちゃんの想いを語る姿に、私は歴史の美しさを見ました。
■草鞋を履いたお地蔵様が、私に教えてくれたこと
日本で唯一、草鞋(わらじ)を履いて私たちの元へ歩いてきてくださる「幸福地蔵大菩薩」。
住職の説法、そして鈴虫の音色に包まれながら、兵動さんが当時と同じ場所でシャッターを切った瞬間。白黒だった景色に、鮮やかな「命の色」が吹き込まれたように感じました。
「今を大切に生きる」
私は日々、サイト制作を通じて情報を積み上げていますが、28年、そして1300年と積み重ねられたこの寺の歴史に触れ、背筋が伸びる思いでした。
一歩ずつ、確実に。想いを込めて。
雨の嵐山に響く「リーン、リーン」という音色は、今夜も誰かの心に寄り添い、優しく背中を押してくれているはずです。
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