今昔さんぽ 「1956年の光と、甲山の祈り。――街の風景を鑑定する散歩」

 


西宮という街には、無数の「記憶」が埋まっている。
今日の「今昔さんぽ」が提示したのは、60年以上の時を超えた一枚のモノクロ写真だ。

鑑定の旅:街に眠る手がかりを探して
私の仕事は、モノの価値や真実を見極めることだ。しかし、この散歩で見られるのは「物質」ではなく「街の記憶」の鑑定である。

苦楽園口から始まる聞き込みの旅。人々が口々に語る「甲山」という名。
堂安選手ゆかりのドーナツ屋の懐かしい甘さや、新聞販売店と焼き芋屋という、二足のわらじを履く昭和の逞しさ。それらすべてが、西宮という土地の厚みを物語っている。

特に心に残ったのは、甲陽園駅で出会った91歳の写真館主の存在だ。
店内に飾られた著名人たちの写真群は、彼がどれほど長く、この街の「今」をレンズに焼き付けてきたかの証明に他ならない。彼にとっての街の歴史は、すでに教科書ではなく、彼自身の人生そのものだったのだろう。

「平和の塔」に宿る、時を超えた願い
神呪寺の住職によって明かされた写真の正体――。
それは、平和を祈る婦人会が建立した「平和の塔」だった。「汚されない一点を作りたい」という言葉には、戦後の激動の中で、何としても守り抜きたかった静寂と祈りが込められている。

標高309メートル。
兵頭さんが撮影した「現代の景色」と、かつての写真。
二つの写真は、物理的には同じ位置からの風景だが、そこに流れる時間の重みは、住む人々の想いによって全く別のものとして完成していた。

モノと記憶を繋ぐ、アーカイブという仕事
現場を巡り、歴史を辿る。
その過程で、かつての風景が、単なる「古い写真」から「未来へ繋ぐべき物語」へと価値を変える。これこそが、私たちが目指す「アーカイブ」の真髄ではないだろうか。

今日、街のあちこちで話を聞いた人々も、記憶の守り人だ。
1956年の写真が導いたのは、単なる場所の特定ではない。先人たちがこの街に何を願い、私たちは何を大切にすべきか。そんな「街の価値」を再発見する、贅沢な時間だった。

また一つ、西宮という街の奥深さに触れた気がする。
ルーペを外して、今度は自分の足で。この風景を確かめに歩いてみたいと思う。


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